ラーメン業界に多大な功績を残した老舗ラーメン店「大勝軒 東池袋店」が、2007年3月20日、その長い歴史に終止符をうったー。 つけ麺の考案者として知られる「大勝軒 東池袋店」店主・山岸一雄氏。「大勝軒 中野店」の出身で、従兄弟であり兄貴と慕う坂口正安氏が店主を務めるこちらのお店で腕を磨き、1961年に東池袋に「大勝軒」を開業する。そしてよく大勝軒にイコールで付随する《つけ麺》は、この中野店で山岸氏が店長を務めていた1955年にメニュー化したもの。麺を茹で上げる際に余った麺をためておき、それを賄いのときにつけ汁につけて食べたのが始まりだ。
以外と知られていないのがそのメニュー名。東池袋大勝軒の呼び名が「特製もりそば」なのに対して、中野大勝軒は「つけそば」。形態的には同じものなのだが、最初「特製もりそば」に対して否定的だった坂口氏が、全く同じでは示しがつかないということでこのような対処をしたのだろう。しかし現在世に広まる呼び名は《つけ麺》。「つけ麺大王チェーン」の全国展開によるものとされ、よりイメージのわき易いこちらの方が定着していった。 山岸氏率いる「大勝軒 東池袋店」は今春3月20日、創業45年の歴史に幕を閉じた。約半世紀にわたり、常に行列を絶やさない人気店で、それは決して「味」だけからくるものではなく、店主・山岸氏の人格がそうさせたのだろう。最終日、山岸氏の味を偲び行列に加わった人数は延べ400人。そこで打ち切りにしたため、結果的にはそれ以上の人が足を運んだことだろう。テレビキー局のカメラは全て集まり、ラーメン店の閉店でここまでマスコミを賑わせたのは後にも先にも東池袋大勝軒だけなのではないだろうか。
▲「大勝軒 東池袋店」最終日のもりそば 笑い話で「ラーメンの味は豚ガラ、鶏ガラ、人ガラで決まる」というのがある。しかしそれは笑い話ではなく、この東池袋大勝軒にこそふさわしいフレーズ。流行りの味を追うのではなく、高級な食材を使うわけでもない。その味は半世紀前に兄と慕う坂口氏から教わったもの。もちろん日々の改良はあるが、基本はそこにある。作り方を教えて欲しいと言われれば電話でも対応し、レシピを雑誌に公開したりもした。作るのは人。同じように作っても同じラーメンは出来ない。お客様に美味しいものを提供したい。その「心」が大事なのだと山岸氏は口にする。中学を卒業してから今までラーメン一筋に頑張ってきた。とりあえず一息つき、全国に90軒以上あるという弟子のお店を一軒一軒まわるのだとか。半世紀にもわたり業界を牽引した山岸氏に深謝するとともに、その弟子達による「山岸イズム」の継承を期待したい。
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